歯科特殊健診について【2022年10月から報告が50人未満でも義務化】
- [記事公開]2022.05.30
- 労働安全衛生法
歯科特殊健診というのは、歯を溶かす有害なガスを発生させる物質を取り扱う業務に従事している場合に実施される歯の健康診断です。
対象となる物質は、塩酸、硝酸、硫酸、亜硫酸、フッ化水素、黄りんその他です。
酸が歯を溶かすことがあることから、年に2回の定期健康診断が使用者に義務付けられています。歯牙酸蝕健診とか、酸健診とかいうこともあります。なお、この歯科特殊健診はこれまで常時使用する労働者数が50人以上の事業場にのみ管轄労基署への報告が義務づけられていました。50人未満の事業場は報告は不要でした(報告が不要なだけで、健診自体は必ず実施すべしとされていました)。これが、2022年10月からは全事業場に報告が義務付づけられるように変わります。
基発0428第1号令和4年4月28日厚生労働省労働基準局長「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行について」
なんで改正されたのか
改正の趣旨を読むと、令和元年度に実施した自主点検で、50人未満の事業場での健康診断の実施率が「非常に低いことが判明した」からのようです。
報告が不要なだけで、健診自体はすべての関係する事業場に義務付けられていたのですが、報告がいらない=健診もいらないと勘違いしたのかどうか分かりませんが、下図のとおり、8割近くの事業場で実施していませんでした。
しかし、実施していなかったのは、報告がいらなかったからと言うよりは、本当に有害ではなかったからではないのかということを私は考えています。換気機能も発達し、マスクも発達し、保管容器も発達し、いろいろな設備が整っている中、揮発性の有害物質があったとしても、それが歯に影響を及ぼすほどの強い力があるのかどうか?と疑問に思うのです。この辺、厚生労働省はどう考えているのかと言うと・・・。
厚生労働省の見解
今回の法改正前に厚生労働省が公募したパブリックコメントに、なかなかよい質問が出ていましたので、それをご紹介します。原文は、リンク先でご確認ください。
労働安全衛生法施行令第22条第3項の「その他歯又はその支持組織に有害な物」とは具体的にどの物質を指すのか。
「労働安全衛生規則の一部を改正する省令案に関する意見募集について」に対して寄せられた御意見等について
厚生労働省の回答
「その他歯又はその支持組織に有害な物」については、現在法令や通知等で具体的に示されているものはありません。
上記引用元と同。
そうなんです。今回かなりいろいろな本で調べましたが、「その他・・・」に相当する具体的な有害な物が、公式(厚生労働省)から出されているものでは見つけることができませんでした。もっとも、Web上では歯科医師会、あるいは歯科医が、対象となる有害物質に下記のような物質を上げております。私は化学的な知識に乏しいのでこれらがどのように歯に影響があるかどうか存じませんが、これはあくまで彼らが独自に公開しているものであり、厚生労働省としては公式に示してはいないのです。
https://www.cda.or.jp/img/2019/12/190527歯科特殊健診_051ai-1.pdf
- アクリルアミド
- アルキル水銀化合物
- 塩素
- 塩化メチル
- カドミウム
- クロム、その化合物
- 五酸化バナジウム
- 臭化メチル
- シアン化物
- 水銀、その無機化合物
- セレン、その化合物
- トリクロルエチレン
- 鉛、その化合物
- 二酸化硫黄
- ニトログリコール
- パラ・ニトロクロルベンゼン
- 砒素、その化合物
- フッ化水素
- ペンタクロフェノール
- マンガン、その化合物
- 有機溶剤
- 有機リン化合物
- 沃(ヨウ)化メチル
- 硫化水素
- 硫酸ニコチン
太字にした有機溶剤と言うのは、有機則で規制もされているし、特定化学物質則でも規制されています。すでに半年に1回の特殊健康診断の対象です。では歯科特殊健康診断も対象となるのかと言うと、・・・この辺はちょっと分かりません。
疑義があるようでしたら都度管轄労働基準監督署にお問い合わせになるのが良いと思います。(しかし、労基署もはたして科学的な答えを出せるのかどうか・・・?ちょっとでも危ない可能性があるならやっておいて!という思考停止な回答をしませんよね!? )
歯科医師会の見解
今回、矢崎武さんという歯科医師が平成30年に行った研修会の資料を読むことができました。矢崎先生は歯科特殊健診の問題の第一人者です。
http://occup-oh.umin.jp/new/201217.html
これによると、
- 安衛令の歯科健診が酸健診であるというのは誤解であること(法令の中では酸蝕症なんて言葉は出てこない)
- 酸蝕症が見られないので歯科特殊健診はやめてもよいというのは誤った思い込みであること
- 歯科特殊健診では法が指定する診査項目はなく、歯科医師の裁量に任せる形になっていること
- 「その他歯又はその支持組織に有害なもの」について規定はなく、法的にはこれも診査を担当する歯科医師の裁量に委ねられていること
などがわかります。労働者の健康確保のため、歯科医師がかかわることができる化学物質管理の機会を放棄してはならないという強い意気込みを感じました。
また、歯科特殊健診実施義務のある事業所数は推定20,000か所であろうとのことでした。
労働者の健康を守ろうという意気込みは大変評価できますが、社労士としてどうしても気になってしまうのは、”「その他歯又はその支持組織に有害なもの」について規定はなく、法的にはこれも診査を担当する歯科医師の裁量に委ねられていること”という部分です。法で定めた事項がそのように自由な裁量に委ねられては困ると思うのです。ある歯科医師に聞くと「この物質は大丈夫。健診は不要だよ」と言われたのに、ある歯科医師に聞くと「この物質は危険!健診は半年に1回受けてね」と言われてしまうのでは、現場が混乱します。
科学的な調査はこれから
先のパブリックコメントでは、次のようなご意見も出ています。
日本産業衛生学会の「許容濃度等の勧告」において、化学物質に係る歯又はその支持組織への影響は評価されておらず、労働安全衛生法施行令第22条第3項で定める塩酸等の物質以外にどのような物質が歯又はその支持組織へ影響を与える可能性があるのか不明である。労災報告や科学的根拠に基づく知見を踏まえて、随時情報を更新し、発信していただきたい。
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000235433
ここで出てきた日本産業衛生学会の「許容濃度等の勧告」というのは、こちらです。
https://www.sanei.or.jp/topics/oels/index.html
この中のいくつかのPDFを見るとパブコメの意味が分かります。パブコメ主さんの「評価されておらず」と言うのは、この書き方だとちょっと誤解を招きそうなので補足しておきますと、許容濃度を計測するとき、影響対象を発がん性とか生殖機能とかに着目して計測しており、歯又はその支持組織に有害かどうかに着目して評価計測はしなかったというだけの意味です。
とするとですね、可能性として、歯科特殊健診の根拠法となっている労働安全衛生法施行令22条3項というのは、科学的に評価されたことがないのかもしれませんね。。。もちろん法制定当時の科学的な見地に基づいたものだったとは思うのですが、安衛法制定って昭和47年でしたっけ?そこから一歩も進んでいないのではという疑義が出てきました。
この辺、厚生労働省も分かっているようで、
化学物質による歯又はその支持組織への影響については、近年の作業場における作業の実態等を踏まえる観点から、令和4年度から開始する厚生労働科学研究費補助金による研究含め、今後必要な調査・研究を行うこととしており、その結果を踏まえ、必要に応じ見直しを行うこととしております。
と回答していますので、調査・研究のゆくえに注目したいです。
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