変形労働時間制の判例

この前「変形労働時間制は法廷では容易に否定される」(https://kn-sharoushi.com/20220913henkei/)という記事を書いたのですが、感覚的な記事であり、ちゃんと統計をとっておらず、非科学的だと感じましたので、あらためてちゃんと数字をひろってきました。

今回調査した判例を印刷してまとめたファイル、印刷代だけで1,000円超えました。でも楽しかったです。こういう調べ物は、私にとってはご褒美です^^

調査条件

調査したのは、2022年9月13日です。LICのSMART判例秘書で、「年単位の」「変形労働時間」という二つのキーワードをAND検索しました。

調査結果

上記キーワードで検索したところ、70件ヒットしました。

このうち、1年単位の変形労働時間制自体が争点となっていたものは15件でした(他は、たまたま被告となった企業で変形労働時間制を採用していたので検索にひっかかっただけで、争点は別でした)。

この1年単位の変形労働時間制が争点となった15件のうち、1年単位の変形労働時間制が認められたのは2件で、認められなかったのは13件でした。

13件の内訳は、下記のとおりです。

過半数代表者が適切でない、過半数代表者の選出方法が適切でないなど過半数代表者に関わる理由で否定8
特に主張・立証しないため、否定3
労働者の範囲を特定していないため否定2
その他の理由で否定1
13件の内訳(重複する理由もあるため、合計は13になりません)

肯定された2件の事件名を列挙しておきます。

  • 福島地裁いわき支部平成30(ワ)第154号残業代請求事件令和2年3月26日
  • 東京地裁立川支部平成27(ワ)第2630号未払賃金等請求事件平成30年1月29日

この2件以外はすべて変形労働時間制が否定されました。否定されたということは、通常の労働時間制で賃金を計算しないといけないということです。

付加金(簡単に言うと、「倍返しだ!」のお金。企業に対するペナルティのお金。裁判所が命令する)の心配もしないといけませんから、企業にとっては相当な出費となります。

分析

やはり1年単位の変形労働時間制については争点となった場合、否定されることが多いと分かりました。

意外だったのは、肯定されたものもあるということです(2件)。

否定される場合の理由としては、過半数代表者を適正に選んでいないことが多いということが分かりました。

皆様の会社では大丈夫でしょうか・・・?いまだに会社が指名した人が過半数代表者として署名押印はしていませんよね・・・?

具体例

過半数代表者を適正に選んでいない場合、裁判所ではどのように否定されるのか、裁判所の判決文を引用しておきます。

いずれの協定届においても、協定の当事者(労働者の過半数を代表する者の場合)の選出方法として従業員の挙手により選出と記載されてはいるものの、いずれの協定の当事者も従業員の挙手によって選出された事実はない(認定事実(3)コ)。そのほか、上記各協定の当事者が挙手以外の何らかの方法で労働者の過半数を代表する者として選出されたことを認めるに足りる証拠もない。

そうすると、上記各協定届は、いずれも労働者の過半数を代表する者との書面による協定により定めるとの労働基準法32条の4第1項の要件を満たしていないから、原告らに対し、1年単位の変形労働時間制を適用することができない。

大阪地裁平成30(ワ)第3633号令和2年12月17日(太字とハイライトは筆者)

ここに出てくる認定事実(3)コには、「協定の当事者が従業員の挙手により選出されることはなく、当該店舗の次席(店長の次に地位が高い者)が店長にいわれるまま署名押印している」(太字とハイライトは筆者)とあります。

会社が指名したものが過半数代表者となるのダメであるのは、2019(平成31)年の法改正で厳格化されました。労働基準法施行規則6条の2に「使用者の意向に基づき選出された者でないこと」という一文が追加になりました。

この判決がターゲットとしている協定は平成28年以前のものですから、まだ法改正前です、それでもこの判決文です。指名した過半数代表者がいかにダメかを物語る判例だと思います。

つづいて、ホテルマンの事例を紹介します。この判決では、被告(会社側)が当初1か月単位の変形労働時間制を採用していたのですが、途中で1年単位の変形労働時間制に変更しています。と言っても、いわゆる「なんちゃって変形」のたぐいです。就業規則に定め、シフト表を作成しただけで満足し、肝心の労使協定をかわさなかったようです。

原告側の主張を見てみると、「被告は、同期間に有効な就業規則12条3項…において1か月単位又は1年単位の変形労働時間制を労使協定より別段定めた場合があり得ることを定め、労働基準監督署に対し、労働者の過半数代表者との間の協定をもって1年単位の変形労働時間制を届け出ている。労働基準法32条の3第2項及び同法施行規則12条の4第2項の手続きは経ていなかったものの、上記ア(イ)のとおりシフト表を定めているのであり、実質的には勤務日及び勤務時間の特定において原告らを含む従業員に不利益はなく、当該期間については、変形労働時間制が適用されるべきである。」(太字とハイライトは筆者)となっていますが、もちろん採用されませんでした。

被告が、労働基準法32条の4第2項及び同法施行規則12条の4第2項の手続きを経ていないことは争いがない。また、平成27年11月27日付の就業規則(変更)届(乙3)を見ても、対象労働者の範囲等は不明確であり、そもそも有効な労使協定が存在したことをうかがわせる記載もない。そうすると、実際には、原告らを含む従業員らの労働日及び労働日ごとの労働時間がシフト表により明らかになっていたとしても、労働基準法32条の4の定める要件を充足していたと評価することはできない。

東京地裁平成29年(ワ)第1565号令和元年7月24日

さらにもっと分かりやすい事例を紹介しましょう。総務課の適当~~な人を毎年過半数代表者として署名押印していた企業さんの事例です。

被告(企業側)の主張では、「平成25年までの上記協定届には、慣例により、総務・管理部門の職員が署名、押印してきたが、①上記協定届の内容が長年にわたって同じであることや、②被告では、上記協定届に関し、毎年、職場ごとに説明して、誰からの意見も反対もないことを確認していること、③上記職員は、慣例により職場代表として選ばれていることによれば、職場内で挙手又は投票により選ばれた者ではないことから直ちに上記協定届が無効にはならない」となっていますが、これももちろん採用されませんでした。裁判所の判断はこうです。

上記協定届の作成に際し、選出目的を明らかにした投票、挙手等の方法による手続きは行われておらず、上記各協定届には、労基則6条の2第1項所定の手続によって選出された者ではない者が、被告の「労働者の過半数を代表する者」として署名押印しているから、同協定届の存在から、被告が主張する上記各協定届に係る労基法32条の4第1項所定の協定が成立したとの事実を推認することはできない。

長崎地裁平成26年(ワ)第21号平成29年9月14日

と、まあ完全否定です。さらに手厳しいことに、「なお、被告は、上記各協定届に関し、職場ごとに説明して、誰からの意見も反対もないことを確認したと主張するが、同主張を裏付ける的確な証拠はなく、同主張に係る事実を認めることはできない」と、全面的に被告の主張を否定しています。

よく総務課や管理部門で、36協定や変形労働の労使協定のひな型を作り、肝心の過半数代表者をどうするかの段階で、「あなたやってよ」と適当に選んでハンコを押させている企業さんがありますが、それはダメですよ!ってことです。

以上、3判例を引用しました。

もういいですかね?残りの判例も似たり寄ったりです。とにかく、過半数代表者を民主的に選んでなければだめなんです。

なぜながながと引用したかというと、労使協定における過半数を代表する者を適性に選んでもらいたいと思っているからです。

なぜなら、お金をかけずに手っ取り早くできる労務管理だからです。

昔、過半数代表者の選出条件に会社が指名した場合はダメというのが明文化されたタイミングで、ある企業で勉強会をしたことがあります。

こういう、会社が指名した過半数代表者はではダメなんですよ~~~と丁寧に説明したその会社で、聴講していた従業員の方と、役職者の方は「ふんふん」と聞いていたのですが、その直後、36協定と1年変形の協定書を締結するときに、私が勉強会をしたはずなのに、普通に例年通り、会社が指名した人(一番長くその会社にいる人)に署名押印させていて、びっくりすると同時にがっかりしました。

なんで!?と思いました。

その会社には、手を変え品を変え、かれこれ3年くらい過半数代表者を適正に選ぶようアプローチしましたが、だめでした。3年間ずっと、民主的でない方法で不適正な人を指名し、署名押印させていました。

その後結局その会社とは縁が切れましたので、その後どうなったのか知らないのですが、そんなにまで民主的に過半数代表者を選ぶのができないことなのかと疑問でした。

だって、お金がかかりませんよ?

社労士に就業規則を作らせるとかですとン十万かかりますが、過半数代表者を従業員たちに選んでもらうだけならタダですよ?(労働者たちに選んでもらっている間の工数はかかりますが)。

これほどお金のかからない、手っ取り早く適法にできる労務管理もないと思うのですが、なぜかその会社ではダメでしたね。

以来、ずっとあのときどうしたらよかったのだろうと悩んでいます。

私の努力が足りなかったのか、アプローチの仕方が悪かったのか?

という訳で、今回記事の中で長々と裁判所の考えを引用しましたのは、過半数代表者を民主的に適正に選ばないと怖いですよということを分かってもらいたいからなのでした。

まとめ

以上、2022年9月13日調査の結果、やはり1年単位の変形労働時間制については争点となった場合、否定されることが多いと分かりました。

意外だったのは、肯定されたものもあるということです(2件)。

否定される場合の理由としては、過半数代表者を適正に選んでいないことが多いということが分かりました。

何かのお役に立てば幸いです。

ここまでお読みくださりありがとうございました。