固定残業代をなくした会社の失敗

働き方改革が進み、コロナでのリモートワークが普及し、残業時間が減っています。残業時間が減ったので固定残業代を見直す企業が出てきました。これまで20時間分としていた固定残業代を、半分にしたり、なくしてしまったりしてもよいのではないかと考える経営者もいるでしょう。

しかし、ちょっと待ってください!それは不利益変更となりますので、労働者の同意なくはできません。

打ち合わせ中(RandomPictureから)

固定残業代をなくすには

固定残業代をなくすには、労働者の同意が必要です(労働契約法第8条)。

就業規則を変更し、所定の手続きを経て、固定残業代をなくすという手法もあります(労働契約法第10条)が、就業規則を変えつつ、あわせて労働者一人一人の同意を得るという、同時進行での作戦が一番よいと思います。

労働者の同意を得ずに固定残業代をなくさないでください。これは、必ず失敗します。

表面的には成功したように見えて、実態は大失敗となった事例があります。

固定残業代を一方的になくした会社の例

ある会社では、1か月20時間分を固定残業代として営業部門の従業員に支払っていました。

営業さんは全部で6人いて、ほとんどの人が月に40時間近く残業していました。20時間を超える部分は、実費で支払っていました。

ところが、ここにすばらしく成績の良い営業さんが一人入社しました。

この方は、月の残業時間がほぼ20時間でした。ほかの営業さんがみな40時間近く残業する中、彼女だけは訪問先を段取りよく計画し、効率的に仕事を進め、毎日日報を書き上げたら帰っていました。

そのうちに、月の残業時間が15時間とか、10時間で済む月も出てきました。それはひとえに彼女が優秀で、努力を惜しまなかったからです。新しい職場に慣れた彼女は、自分なりに創意工夫し、残業を如何に減らすか考えて実行したのです。

ところが、あるとき会社が勝手に固定残業代廃止を通告しました。彼女が入社して数年経ったときの話です。ほとんどの営業さんには影響がありませんでした。毎月40時間近く残業していましたから。

しかし、彼女だけは不利益をこうむりました。彼女の場合、残業時間が実質20時間なかったので、固定残業代の一部が彼女のインセンティブになっていたのですが、それを勝手に会社が彼女の同意なく一方的になくしてしまったのです。

会社は、入社してまもない彼女には、同意を得る必要もないとでも思ったのでしょうか?当時の詳しい事情は知りませんが、結果的にどうなったかというと、他の残業時間が長い同僚たちよりも、彼女の方が収入が減ってしまったのです。彼女の場合、月に20時間も残業しませんから。

その彼女は、その不利益変更の後数年で退社しました。あまりにもばかばかしかったのでしょう。

労使交渉が大切

この例は本来あってはならない例なのですが、実際にはこういう例は結構な数があるという印象です。

ほとんどが不利益にならない場合であっても、たった一人でも不利益になる人がいる場合には、必ず労使交渉してください。団体交渉ではなく個別交渉をしてください。

労働者の不利益にならないよう、例えば数年間経過措置期間をおいて、その人にだけ固定残業代を支払い続けるとか、20時間分が難しければ10時間分に減らすとか、何らかの手当をするべきでした。何のバーターもなく、ただ一方的になくすなんていうのは、実際の裁判でも認められていません。

この会社では固定残業代をなくすことに成功しましたが、優秀な営業さんを一人失いました。

これは表面上は成功しているように見えているだけで、実際は大失敗です。なぜなら、無駄に長時間残業をする営業さんばかりが会社に残り、短い時間で効率よく仕事をこなす優秀な営業さんは定着しないという給料体系を確立させてしまったからです。

まとめ

固定残業代をなくす場合は労使交渉が大切です。不利益変更をする場合には、必ず何らかの取引材料を用意してください。数年間は制度を維持するとか、代わりの手当を用意するとか。一方的に不利益変更をしないでください。

この事例では、不利益変更をくらった営業さんは退職後法廷闘争の場へ持ち込むことはしませんでしたが、万が一持ち込まれた場合、会社はボロ負けしたでしょう。