労働基準法32条1項違反の犯罪が成立するには

私は36協定違反という言葉をよく使ってしまうのですが、厳密に言うと、労働基準法第36条に違反した場合の刑罰は、36条第6項のみ定めてあって(労働基準法119条1号)、例えば第1項(協定)で定めた協定の内容に違反した場合、直接的には罰則は設けられていません。

36協定届の例(架空のものです。わが事務所に労働者はいません)

では実際にはどういう刑罰が適用になっているかというと、32条(労働時間)違反、35条(休日)違反又は40条(労働時間及び休憩の特例)違反として罰則の適用を受けます(労働基準法119条1号、3号)。

36協定で定めた1日の上限時間、1か月の上限時間を守らず、労働者を長時間働かせた場合、36協定違反ではなく32条違反となるのです。でもちょっと待ってください。32条って、1週間40時間、1日8時間の労働時間を定めたものでしたよね?

1週間の上限は36協定届にはない

労働基準法32条というのは、次のとおりです。

使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
② 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。

労働基準法32条

では、最初に掲示した36協定届の例をもう一度見てください。

1日単位の上限と、1か月の上限と、1年間の上限はありますが、1週間の上限はありますでしょうか?・・・ないですよね。

ないんです。36協定届には1週間の上限は項目として設けられていません。

この点、実際の裁判で判決を下す裁判官も苦労しているようで、

いわゆる36協定が労働基準法32条1項の週単位の時間外労働及び同条2項の日単位の時間外労働の免責規定として扱われるという解釈が実務上定義しているにもかかわらず、労働基準法が、月単位の時間外労働協定を許容する一方で、それが免責規定として週単位ないし日単位の時間外労働にどのように影響するかについての手当を欠いている

平成19年9月12日判決大阪高裁平成19(う)171号(太字とハイライトは筆者)

などと述べて、立法的な解釈を望んでいました。

それでは、どうやってこの1週間の上限を守ったらよいのか、逆に言うと、どういう働かせ方をしたら1週間40時間の上限を破ることになるのか、ひいては労働基準法32条1項違反となるのかというと、この問題にがっぷり四つに組んで真正面から議論した判例がありまして、それが最高裁第3小法廷平成22年(あ)第148号平成22年12月20日です。今日はそれを紹介しようと思います。

この裁判はとても長くて、最後の最高裁に至るまで、①1審→②控訴審→③上告審→④差戻控訴審→⑤差戻上告審(この最高裁)となっていまして、合計5回裁判をやってます。

最高裁がからむとやっかいなのが、①から順番に読んでいかないといけない点です。順番に全部読んでも意味不明なところは残ります。肝心の労働時間の一覧資料や、控訴の場合の控訴文、上告の場合の上告文まではWebで入手できませんから。

結局全部読んだつもりになっているだけで、本当の全貌は分からないままです。それでもキモとなる部分は判明していますので、そこを焦点に説明します。

なお、先に引用した平成19年9月12日判決大阪高裁平成19(う)171号は、この②控訴審に当たります。

裁判所の32条1項違反の考え方

裁判所が考え方を示した部分を引用します。

36協定で1か月につき延長できる時間外労働時間が定められている場合における労働基準法32条1項違反の罪にあっては、

<1>原則的な労働時間制の場合は、始期から順次1週間について40時間の法定労働時間を超えて労働させた時間を計算し、これを最初の週から順次積算し、上記延長することができる時間に至るまでは36協定の効力によって時間外労働の違法性が阻却されるものの、これを超えた時点以後は、36協定の効力は及ばず、週40時間の法定労働時間を超える時間外労働として違法となり、その週以降の週につき、上記時間外労働があれば、それぞれ同条同項違反の罪が成立し、各違反の罪は併合罪の関係に立つ。

<2>36協定における次の新たな1か月が始まれば、その日以降は再び延長することができる時間に至るまで、時間外労働が許容されるが、これによると、1週間が単位となる月をまたぎ、週の途中の日までは週40時間の法定労働時間を超える違法な時間外労働であり、その翌日からは新たな1か月が始まり、時間外労働が許容される場合も生じる(端数日は生じない。)ところ、この場合も、その週について上記違法な時間外労働に係る同条同項違反の罪が成立する。

<3>1週間の始期に関しては、就業規則等に別段の定めがあればこれによるが、これがない場合には、36協定における特定の月の起算日に合わせて訴因を構成することも許される。

平成21年12月17日大阪高裁平成21年(う)1139号(原文改行なし。見やすいように筆者が改行を付しました。太字とハイライトは筆者)
判決文から読み取れる労働時間の上限

判決文から読み取れる36協定の上限を図示しました。上の図がそれです。

この企業の場合、起算日は16日です。

11月16日からの1か月の場合、11月16日から12月15日までとなります。

この間、130時間までの時間外労働を協定で定めましたが、協定違反となる長時間の時間外労働をさせました。その結果、

判決文から読み取れる時間外労働

12月6日までに上限の130時間を使い切ったようです。この辺が、判決文の文章からはっきりと読み取れないので、証拠資料を見たいところなんですが、入手できません。

12月7日水曜日からの1週間で15分の32条1項違反が罪となる事実として挙げられています。つまり12月7から12月13日までで40時間15分の労働があったということなんでしょうか?これもあいまいで、文章だけでは正しい労働時間数が読み取れません。

12月7日水曜日を週の起算日としているのは、11月16日が水曜日だからです。

さらに、罪となる事実として12月14日から12月20日までの1週間で15時間15分の32条1項違反があったとしています。この部分は、もう少し詳しく説明があって、どうも12月14日と12月15日の二日間で31時間15分の総合計労働時間があったようです。

12月14日と12月15日の労働時間の合計は31時間15分

1日の所定労働時間が8時間だから、2日間で16時間のはず。

だから31時間15分から16時間を引いて、15時間15分がこの週の「週40時間超」となる時間外労働であるという計算方法らしいです。

さあ、もう私には分からないです。端日数は生じないのではなかったのでしょうか?先の考え方と食い違うような計算方法だと思うのは私だけでしょうか・・・。

犯罪が成立した瞬間もよく分かりません。月をまたいだらリセットするなら、12月15日までに犯罪が成立していなければならないような気がするのですが、判決文では12月「20日までの週につき15時間15分の」時間外労働があったと書いてありますので、犯罪が成立した瞬間は12月20日とも読み取れます・・・・。12月20日は36協定では次の月ではないのでしょうか?

ともあれ、この判決文で言いたいことは、32条1項違反が2つ数えることができるということらしいです。32条1項違反は併合罪の関係にありますので、包括して一罪とするのではなく、32条1項違反がひとーーーつ、32条1項違反がふたーーーつ・・・・と数え上げていくのでしょうね。

週の起算日は就業規則で定めてよい

今回この判決文をつらつら読んでようやく自分なりに納得できたのは、労働基準法32条1項で言う1週間の起算日は、就業規則で定めてよいということです。これは最高裁の判決文に出てきました。

1週間の始期に関しては、問題となる事業場において就業規則等に別段の定めがあればこれによるが、これがない場合には、労働基準法32条1項が「1週間について40時間」とのみ規定するものであることなどにかんがみると、その始期を36協定における特定の月の起算日に合わせて訴因を構成することも許されると解される。

平成21年7月16日最高裁第1小法廷平成19(あ)1951号(太字とハイライトは筆者)

実は、この事件の企業は1年変形を採用しているふしがありました(争点となっていないので詳しいことは分かりません)。

なのに、最高裁ではこのようにはっきりと週の起算日について断定していて(1年変形の場合の週の起算日は変形対象期間の開始日の曜日と一致させるという行政解釈あり。最高裁はそれを完全に無視しているようでした)、それはどうしてだろうと考えたときに、ようやく答えが分かりました。

32条の2や32条の4でも1週間の話が出てきますが、基本はあくまで32条です。

32条の2も32条の4も、禁止の解除を規定しているにすぎません。だから、32条の2違反は成立しません。成立する余地がないのです。

32条の2のつもりで1か月変形労働時間制を運用していたつもりであっても、実際には運用できていなかった場合は、32条の2違反ではなく32条違反となります。

32条の4も同様です。

だから、32条の行政解釈における「就業規則等において別段の定めがない場合は、日曜日から土曜日までの暦週をいう」というのは、そのまま1か月変形を使おうとしている事業場でも1年変形を使おうとしている事業場でも使ってよいのだと思います。

まとめ

32条1項の週40時間超が違反となる場合はどのように成立するのか、実際の判例で説明しました。

36協定で定めた上限を使い切るまでは成立しない、しかし、いったん上限を超えたら、1週ごとに違反となるということでした。

また週の起算日は就業規則等で定めてよいが、訴因を構成するにあたって36協定で定めた特定の月の開始日の曜日としてもよいとのことでした。

今回この判決文を読んで意外だったのが、平成22年になるまで週40時間超えの犯罪成立をどう裁判で構成するのかが決まっていなかったことでした。

平成22年といえば、まだ12年前ですね。週40時間になったのが平成5年から段階的にですから、それから10年以上経った平成22年になってもまだ、週40時間超違反がどう成立するのか分かっていなかったということです。

それくらい、週40時間超、1日8時間超を立件することが少なかったのかな?とも思いました。

以上、何かのお役に立てば幸いです。

ここまでお読みくださりありがとうございました。