10年遅れの不惑

今年50歳になります。「知命」(天命を知る)の年です。しかし、私にはまったくそんな自覚も気配もなく・・・。どちらかというと、やっと「不惑」(四十にして惑わず)になったところという気分です。

我が家の梅です。満開。

40歳になったときは惑いまくりでした。あれから10年近く経ちますが、今でも惑います。迷いますし、悩みますし、自己嫌悪に陥ることもしばしば。

それでも、迷った末に自分で選んだ選択について開き直ることができるようになりました。

・・・・と言うよりは、自分の選択がたとえ成功でも失敗でも、それら全てが「まあ、”私”だし・・・」と、諦めることができるようになったと言いますか(自分に対して昔ほど期待を持たなくなった)。

以前は、成功したときはともかく、失敗したときはひどく自己嫌悪に陥り、海より深く落ち込みました。ところが今は、たとえ手ひどい失敗をしてもある程度自分で自分の機嫌をとることができます。これが「惑わず」と言うことなら、多分私はやっと今不惑なんだろうなと思います。

孔子様が40歳で成し遂げたことを10年かかってやっと成し遂げる私です。上手に生きられません。人様よりなんでもかんでも達成が遅かった(友人を作るのも、結婚するのも、社労士に受かるのも・・・etc)ので、これからもこんな調子なんだろうなと思います。