退職金から社会保険料を控除してよいか

休業している従業員の社会保険料については免除となりません。しかし、休業中は無給という会社が多いでしょう。傷病手当金を会社が代理受領している場合はともかく、無給の場合は、本人負担分の社会保険料を会社がいったん肩代わりし、別途本人に請求するところが多いと思います。

ところが、休業が病気を原因とする場合、本人がなかなか動けず、請求しても払ってもらえないことがあります。

ある程度休業が続き、退職となり退職金が支払われる場合、この退職金から未納となった何か月分もの社会保険料をまとめて控除してもよいのでしょうか。

この点、退職金から社会保険料を控除することについて書かれた記事はたくさん見つけることができたし、退職金が賃金かどうかを問題点とした記事も見つけたのですが、その両者をくっつけて論じた記事が見つけることができなかったので、今回私が記事にしてみます。

退職金が賃金かどうか

まず最初に、退職金が賃金かどうかを確認する必要があります。

就業規則や雇用契約書などに定めがあり、あらかじめ支給条件が明確にされている退職金は、賃金です(昭和22年9月13日発基第17号)。

就業規則等に特に定めがなく、会社(社長)が恩恵的に支払う場合は、労働の対償としての賃金とはみなされません。言葉は悪いですが、社長が気分で支払うお金は支給基準が明確ではなく、労働の対償とはいえないのです。

しかし、退職者が出る都度社長が金一封を退職者に支払っていた場合、その慣行が何回も繰り返されるうちに一種の既得権として職場に定着してしまい、内部慣行とみなされることがあります。この場合は、賃金とみなされても仕方がないです。

なお、使用者が労働条件の一つとして退職金について定めをする場合には、就業規則に適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項を記載しなければなりません(労働基準法第89条)。

賃金全額払いの法則

使用者には、賃金の全額を支払う義務があります(労働基準法第24条)。ただし、例外が二つあります。

  1. 法に定めがある場合
  2. 労使協定で定めている場合

この二つのいずれかに該当する場合は、控除してもよいとされています。

1.の法に定めがある場合とは、たとえば所得税や雇用保険料、健康保険料などです。退職金の場合、所得税と住民税が控除されますが、これは法に定めがあるからです(所得税法第199条、地方税法第328条の5)。

社会保険料も毎月の給料から天引きする分には問題ない(健康保険法第167条、厚生年金保険法第84条)のですが、法に定めがあるのは1か月分だけです。何か月分もを一度に退職金から控除するというのは法に定めがありませんのでご注意ください。

2.労使協定で定めている場合とは、例えば昼食代や寮費などを給料から天引きする場合に、労使で話し合って決めておくことです。この協定書を賃金控除の協定書といいます。

退職金についてもこの労使協定に定めてあれば、退職金から社会保険料をまとめて控除することも可能でしょう。

要するに、合法的に選ばれた労働者の過半数代表と使用者とでよく話し合って、書面に残し、周知していればOKということです。特に何の協定もなく、勝手に退職金から天引きするのはNGです。

就業規則等に定めがなく、恩恵的に、会社の懐事情で支払う退職金については、たとえ賃金控除の協定書がなくても、たまった社会保険料を控除して支払うことは可能だとは思いますが、先にも言いましたように内部慣行となっているような場合は、たとえ会社としては恩恵的に支払っているつもりでも、法廷闘争の場に持ち込まれたら賃金とみなされ全額払いのルールが適用されてしまうおそれがありますから、控除が違法性を帯びます。

やはり退職者に事情を話し、社会保険料を控除することにあらかじめ同意を(書面で)得ておくべきでしょう。

個人的意見

これは私の個人的な意見ですが、中小零細企業において退職金規程を定めている企業さんというのは少ないと思います。

時代ですかね、将来のお金より今のお金が大事と言いますか・・・・後払いより先払いの方がよいと考える労働者が多いです。そもそも会社に長く定着する、定着したいという意識自体、減っています(と思います)。だからなのか、退職金規程を作ってほしいという依頼はかなり少ないです。

ところが、病気で休業している従業員さんはけっこういます。

こういった方たちの社会保険料については、とにかく発生の都度、本人に何らかの形で連絡を取って、細かく催促をするべきです。

メールをしたり、LINEをしたりした場合は、記録を残しておきましょう。病気している人に催促なんて・・・と思うかもしれませんが、法律で本人にも支払う義務を定めてあるのですから、仕方がありません。また、まとめて大きな金額で催促するより、少しずつ催促する方が親切というものです。

そうした努力をした上で、退職となったときに退職金を払うかどうかは、就業規則に定めがあるかどうかで決めます。就業規則に定めがあるならその定めに従って全額払います。

たまっている保険料については本人に交渉が必要だと思います。

賃金控除の協定書があり、それが周知されているなら堂々と退職金から天引きすればよいですが、そうでないなら、やはりいったん全額支払って、あとから退職者に保険料の自己負担分を支払ってもらう方法をとるしかないかと思います。

就業規則等に退職金の定めがない企業(社長の気分で支払う退職金)なら、本人負担分の社会保険料を退職交渉の材料に使うことも可能かなと考えます。

交渉の結果本人負担分の社会保険料を会社が肩代わりし、本人から取り立てないということになった場合、その会社が負担した社会保険料は「賃金」扱いになりまして、別の問題を惹起することになり、悩ましいのでした。