厚生労働白書の変遷

今回「年金請求書」の歴史を調べる過程で、厚生労働白書を読み込みました。そこで気が付いた、厚生労働白書の変遷を紹介します。

社会保険庁が解体されたきっかけ~年金記録問題~

その昔、社会保険庁というお役所が存在していました。

ご存じですか、社会保険事務所。今は年金事務所と言っていますが、あれは昔社会保険事務所と言っていました。その大元締めが社会保険庁と言いまして、今の日本年金機構です。

2007年2月、当時の民主党の調査をきっかけに、年金記録問題が発覚しました。2007年2月20日に開催された第16回社会保険事業運営評議会では社会保険庁側は問題ないという見解を述べましたが、のちに政権が交代するほどの大問題となりました。当時の社会保険庁に対する批判が噴出しました。

2007年2月20日開催第16回社会保険事業運営評議会 議事録より。ここでは「問題はない」という説明でしたが・・・。

この当時の社会保険庁に対する批判は、あちこちで紹介されていますので、私はここでは説明しません。尊敬するhirokiさんの解説が一番分かりやすいと思いましたので、リンクを貼っておきます。

2007年6月に日本年金機構法が成立しました。当時の社会保険庁は解体し、代わりに民間企業である日本年金機構と言う会社を作り、年金制度を管理させることになりました。

2009年12月に社会保険庁は解体し、翌2010年1月に日本年金機構が設立されました。

厚生労働白書はこの平成22年(2010年)版から大きく変わりました。

平成22年版厚生労働白書がターニングポイント

この平成22年版厚生労働白書ではものすごい分量で社会保険庁解体について論じています。

消えた年金問題で発覚した「お役所」的な考え方、管理体制の甘さ、ずさんさを、真摯に反省していることが伝わってきます。

「はじめに」がですます調

第1部冒頭に「はじめに」という章があります。この「はじめに」は、他の年版ではである調ですが、この22年版だけですます調です。

  • 平成19年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成20年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成21年版 「はじめに」がない。
  • 平成22年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 ですます調
  • 平成23年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成24年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成25年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成26年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成27年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成28年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成29年版 「はじめに」あり。第1部の冒頭部分。 である調
  • 平成30年版 「はじめに」あり。ここで第1部でなく冒頭部分に移動。 である調
  • 令和2年版 「はじめに」あり。冒頭部分。 である調
  • 令和3年版 「はじめに」あり。冒頭部分。 である調

これは、年金記録問題や薬害肝炎問題で厚生労働行政に対して国民の信頼を失墜させたことに対して、真摯にお詫びするためのようです。

平成22年版厚生労働白書「はじめに」の部分。「お詫び申し上げます」とあります。

翌年以降は、再びである調に戻っています。なお、令和元年版の白書はありません(コロナの影響と思われます)。

「100人で見た日本」

興味深いのは、この平成22年版から「100人で見た日本」が始まることです。

「100人で見た日本」というのは、日本の人口を100人にぎゅっと凝縮したらどんな風な世の中なのかを端的に数字で説明したものです。

なかなか面白いので、一番新しい白書から引用します。

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/20-3/dl/01.pdf

図では一部分しか表示されていませんので、ぜひリンク先でPDF全体を確認してもらいたいと思います。

年金制度が一つの章立てとなる

平成22年版厚生労働白書で年金制度を大々的にテーマとして取り扱った後、翌年出された平成23年版から年金制度が一つの章として、毎回白書で取り上げられるようになりました。

これも大変興味深いのですが、章の見出しが少しずつ変わっていきます。

  • 平成23年版厚生労働白書 第5章「信頼できる年金制度に向けて」
  • 平成24年版厚生労働白書 第5章「信頼できる持続可能な年金制度に向けて」
  • 平成25年版厚生労働白書 第5章「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」
  • 平成26年版厚生労働白書 第5章「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」
  • 平成27年版厚生労働白書 第5章「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」
  • 平成28年版厚生労働白書 第5章「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」
  • 平成29年版厚生労働白書 第5章「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」
  • 平成30年版厚生労働白書 第5章「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」
  • 令和2年版厚生労働白書 第5章「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」
  • 令和3年版厚生労働白書 第5章「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」

平成26年版以降はずっと平成25年版と同じです。「若者も高齢者も安心できる年金制度の確立」が章見出しとして定着しています。

まだSDGsができる前の平成24年に「持続可能な」という表現を使っている点もおもしろいです。

ミスター年金長妻さんの影響

ミスター年金と呼ばれた長妻昭厚生労働大臣(第11代、第12代)のことに触れない訳にはいきません。

長妻さんは民主党時代、年金記録について積極的に調査し、質問した方です。その後民主党政権下で、厚生労働大臣になられました。

長妻さんが厚生労働大臣になられた2年間、大いに長妻色を発揮しました。その最も分かりやすい例が平成22年版厚生労働白書でしょう。それまでの無味乾燥な白書が大きく変わりました。

100人でみた日本、日本の1日というカラフルで分かりやすい統計資料をイラストにしたのも、長妻さんが大臣だったときからです。

しかし、厚生労働省のお役人の間では長時間労働を余儀なくされたことから、長妻さんに対する批判が多いと聞きます(長妻さんの質問の質と量が半端ないためだそうです)。

長妻さんは消えた年金を見つけ出し、お役所をよい方向へ変化させてくれた人ではありますが、社労士としては、たとえ年金記録問題が重要だったとしても、職員に過労死ラインとなるような長時間残業を強いた点には懐疑的です。

厚生労働カルタというものが、平成22年版厚生労働白書の付録にあります。

厚生労働カルタ

これは長妻さんが大臣だったときに作って、白書の付録に盛り込んだようです。しかしこれは平成22年版だけで終わりました。

https://www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/index.html に野口が説明を追加。

カルタが平成22年版だけなのは、お役人からの地味な抵抗ではないかと考えるのは、うがちすぎでしょうか。