川口美貴「労働法」第5版は刺激的

以前こういう記事を書いたのですが、

“週40時間1日8時間という法の条文なのに、賃金チェックは日→週の順でしますよね。なんで?”
https://kn-sharoushi.com/20221010about_weed2day_or_day2week/
2022/10/10

“【労働基準法】32条1項違反と2項違反は併合罪の関係”
https://kn-sharoushi.com/20221014about_no32/
2022/10/14

・・・いまだに結論は出ていません。荒木先生の本を読めば何か分かるかと期待したのですが、第4版の労働法には最高裁第三小法廷H22.12.20の判決の引用はありましたが、具体的な議論はなかったです。

12月に発売される荒木先生の労働法第5版に期待したいです。

それでは今日は、川口美貴先生の「労働法」第5版の考え方を紹介します。すでに第6版が発売されているのですが、図書館では第5版までしか入手できませんでした。それでも十分に刺激的な内容でした。

川口美貴「労働法」第5版(画像の一部を加工してある。群馬県立図書館で借りた)

川口先生の労働法では日単位の割増と週単位の割増はダブルカウント

まず、かなーーーりびっくりするのが、日単位の割増と週単位の割増はダブルカウントすることです(300頁)。


川口美貴「労働法」第5版300頁より

なぜなら、32条1項(週40時間の規制)と32条2項(1日8時間の規制)は、法の趣旨、目的を異にするものだからです(根拠はH22.12.20最高裁第三小)。

そうだよね・・・・そうなるよね・・・・と思いました。

最高裁が32条1項と32条2項は併合罪と判決したのを読んだときから、ダブルカウントする必要は感じていましたが、今のところ行政側からは特にそういう通知は出ていないのです。

だから、今のところ私はダブルカウントせず、昔ながらの考え方で計算しています。

昔ながらの考え方だと、図のようになる。この事例では週の法定超は発生しない。bの2時間も週の法定労働時間内の労働の扱いとなる。

川口先生の労働法では法定休日に8時間超えたら25%+35%=60%以上

さらに、法定休日労働が8時間を超えた場合、通説(昭和22.11.21基発366、昭和33.2.12基発90、平成6.3.31基発181、平成113.31基発168)では35%だけでよいのですが、川口先生の労働法では、

割増率は、法定時間外労働(2割5分)+法定休日労働(3割5分)=6割以上


川口美貴「労働法」第5版309頁

となっていまして、60%以上の割増率となるとのことです。

しかも、法定時間外労働の時間数にも算入するんだそうです。

ということは、36協定における時間外労働の協定における時間数にもカウントするし、休日労働の協定における時間数にもカウントするということ!?・・・・と考えて、呆然としました。

そんな指導、私はしてきていないです・・・・。

これまでの行政解釈、通説をくつがえす川口先生の説明の根拠は、次のとおりです。

法定時間外労働と法定休日労働の関係について、明文規定はない。「法定休日労働には法定休日労働に関する規制のみが及び法定時間外労働に関する規制は及ばないので、法定休日労働が1週40時間又は1日8時間を超える労働に該当する場合も、法定時間外労働には算入せず、また、割増率は法定休日労働分の3割5分以上でよい」との学説、行政解釈もある。

しかし、法定時間外労働の対象から法定休日労働を除外する旨の規定はなく、法定労働時間(労基32条)の趣旨(1週の疲労の蓄積の抑制と1日の過度の疲労の抑制等)に照らせば、法定休日になされた労働も法定労働時間の規制対象となる労働時間に算入すべきである。また、労働時間の長さの規制(労基32条)と、労働から解放される休日の保障(労基35条)は別個の趣旨の制度である。


川口美貴「労働法」第5版309頁

確かに、H22.12.20の最高裁第三小法廷では、「規制の内容及び趣旨を異にする」ことに照らし、32条1項と2項とはそれぞれ別々に違反の罪が成立し、両者は併合罪の関係であるという結論に至っていたのでした。

だとしたら、趣旨を異にする休日規制(労基35条)と労働時間の長さの規制(32条規制)とはそれぞれに違反の罪が成立すると考えることは十分に可能です。

また、「法定時間外労働の対象から法定休日労働を除外する旨の」明文規程がないことについては、これまで行政解釈(昭和22.11.21基発366、昭和33.2.12基発90、平成6.3.31基発181、平成113.31基発168)がその役割を果たしてきたのですが、行政解釈はあくまで行政の解釈であって、立法の解釈でも司法の解釈でもありません。そのことを言っているのだと思います。

そう考えると、平成22年の最高裁の判決は、かなり大きい影響を与えますね。司法は規制の内容と趣旨が異なるかどうかで判断するということを教えてくれました。こういう視点で、これまで行政は解釈してきていません。

もしかしたら、最高裁の視点で(川口先生の労働法の視点で)法を解釈して未払賃金を争う事例も出てくるのかな?という気がします。

これまでダブルカウントしてこなかったのは、ひとえに行政解釈があったからでした。

ひとたびこの部分を争点に提訴され、最高裁の判断が下ったら、労働基準法が施行されてから半世紀以上通説だった計算方法が、実は違っていたことになるんじゃないかと思いました。

ダブルカウントしてよいなら日→週の順でなくてもよい

ここまで読んでくると、当初の私の疑問、「なぜ賃金は日→週の順に計算しないといけないのか?」という問題の答えが出ます。

川口先生の労働法では、日→週の順に計算はしなくてもいいのです。日は日で計算、週は週で計算、それぞれ1日は8時間超えたら25%以上、週は合計40時間を超えたら25%以上と計算すればよく、両者が重複するならダブルカウントする・・・ということになります。

これは・・・・困りました。本当に、途方に暮れています。

川口先生の労働法のやり方で賃金チェックしたら、大半の企業で未払賃金が発見されてしまうことになるからです。

この件は、引き続き調査を続けます。