「罰金30万円以下って安いよね」

  • [記事公開]2022.08.18[最終更新]2022.09.12
  • 労務相談

労働基準法に違反した場合、懲役6月以下または30万円以下の罰金など、さまざまな罰が設けられています。「30万円?・・・それならそんなに高くないから、払えなくもないよね?」と思ったら大間違いです。

併合罪のルール

刑法第45条に併合罪と言うルールがあります。

確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。

刑法第45条

労基法違反の場合も、この併合罪のルールが適用されます(労働法コンメンタール420p)。

例えば、年5日の有給休暇(労働基準法第39条7項)の違反の場合、労基法第120条が適用されますので、30万円以下の罰金となっています。

これがもし1人だけでなく2人に対してなら、30万円×2人で60万円以下ということになります。30人いる従業員全員に対してなら、30万円×30人=900万円以下ということになります。つまり、30万円以下の罰金というのは、単価のことであって、総計はもっと多い金額ということになります。

懲役刑もしかり。1人分だけなら6か月以下ですが、対象者が何人もいるならとてつもない年数(以下)になります。

以下」の二文字をしつこくつけたのは、あくまでこれが上限だからです。

実際の裁判では

実際の裁判では、併合罪のルールで上限がどんなに高くなったとしても、判決ではいろいろな事情を考慮して、上限の金額よりもっと低い金額に減額されています。

懲役刑も実際の判決では懲役1年とか懲役1年6ヵ月とか、3年を超えることはなく、執行猶予3年となるくらいの例が多いようです。そもそも懲役刑が科せられるケース自体が少ない印象です。※

※今回(2022年8月17日)裁判所のホームページでざっくり検索しただけですが、2件しか見つけることができませんでした。最高裁判所のホームページにはすべての判決等が掲載されているわけではないので、母数自体が少なく、実際の件数がどれくらいなのかは分かりません。

平成19(わ)3024  道路交通法違反,労働基準法違反被告事件 平成20年1月25日  大阪地方裁判所

平成28(わ)556  道路交通法違反,労働基準法違反被告事件 平成28年11月14日  広島地方裁判所

あの私の知る限り最も痛ましく、悲痛な、某広告代理店の若い女性の自殺の事件ですら、懲役刑は科されていません(法人に対する罰金50万円のみ)。

そもそも起訴までいかない

そもそも、起訴までいくこと自体、異常です。普通は、労働基準監督署などの行政当局は丁寧に指導しますから、違反があったら即起訴、裁判ではなく、実地検査または書面で報告させて検査→是正勧告書等の書面で指導→企業の自主的な改善を促す→書面で改善後を企業に報告させる→場合によっては確認のため再度臨検・・・といった流れで、めったに起訴まで行きません。

起訴されるのはよほど悪質か、人命が失われたときです。

などと書くと、「やっぱり、罰金なんて怖くないじゃん!www」と勘違いされてしまいそうで怖いのですが・・・・。

行政の指導は、とても気が長いです。民間における時間の流れと違う時間の流れの中で進みます。簡単に言うと、年単位です。春に指摘をもらって改善報告し、秋に不備を指摘されて再度報告し、冬に不足書類を提出、翌年年度が切り替わる直線にもう一度臨検・・・なんて、普通にあります。その間、ずっと企業は行政当局の指導に拘束されます。社長の面談の都合をつけたり、事実確認をしたり報告書を作ったり、労基署に出頭したり、何度も何度も面倒な事務をやらないといけません。

これが裁判になったら、さらに気が長く、めんどくさくなります。

いざ紛争になったら、時間、マンパワー、精神がガリガリと削られていきます。

これでも「30万円は安い」でしょうか?